「こんなもんだろ」では、人はついてこない

先日の社内勉強会が終わったあと、講師の方に少しだけトワルの確認をお願いしました。

10分、長くても30分くらいのつもりでした。

ところが確認が始まると、一つひとつ細かいところまで見ていただき、話はどんどん深くなっていく。気がつけば、そこから2時間半ほど経っていました。

さすがに申し訳なくなって、私が「こんな時間まですいません」と言ったときに返ってきたのが、この言葉でした。

「主催者が『こんなもんだろ』ってやったら、参加者はついてこない。

精一杯向き合って対応するのが当たり前」

2時間半、実際に向き合っていただいたあとに聞いた言葉だったからこそ、余計に頭から離れません。本当に頭が下がると同時に、「自分自身の仕事はどうなんだろう」と強く考えさせられました。

言葉よりも、その前の2時間半が重かった

「精一杯向き合うことが大事」

言葉だけを取り出せば、本当に当たり前の話です。誰でも言えることかもしれません。

でも今回、その言葉がこれほど刺さったのは、言葉の前に「2時間半」という事実があったからです。

勉強会自体はすでに終わっています。そのあとにお願いしたトワル確認ですから、予定されていた講義時間ではありません。それでも

「ここはどうなっているのか」

「なぜこうなったのか」

「もう少しこうした方がいいんじゃないか」

と、一つずつ確認しながら徹底的に付き合っていただいた。

その姿を見せられたあとで、「精一杯向き合って対応するのが当たり前」と言われる。

これは本当に重いです。言っていることと、実際にやっていることが完全に一致しているからです。

自分は「こなす仕事」になっていないか

私自身、仕事を長く続けてきて、立場も少しずつ変わってきました。

もともとはグレーディングを中心に現場で手を動かしてきましたが、今はそれだけではありません。

仕様の取りまとめ、パターンやグレーディングの管理、生産に関する確認、スタッフへの指示、

社内の仕組みづくり、勉強会の企画。

現場の実務だけでなく、誰かに伝えたり、任せたり、全体を見る仕事が増えています。

そうなってくると、忙しいときほど怖いのが「こなす仕事」になってしまうことです。

「まあ、これくらい書いておけば分かるだろう」

「前回もこれでいけたから、今回も大丈夫だろう」

「ひとまず形にはなっているから、これで進めよう」

もちろん、過去の経験を生かして効率よく仕事を進めることは絶対に必要です。

何でも毎回ゼロから悩んでいたら仕事は回りません。

でも、「経験を使って効率化すること」と、「考えることを止めてしまうこと」はまったく違います。

ここを取り違えると、知らず知らずのうちに「まあ、こんなもんだろ」で流すようになってしまいます。

指示を出す側の「まあいいか」は、驚くほど相手に伝わる

型紙でも、グレーディングでも、仕様書でも同じだと思います。

自分の中で考えが整理しきれていないところ。

根拠が曖昧なまま進めてしまったところ。

「たぶん伝わるだろう」と説明を省いたところ。

そういう部分は、実際に仕事を受け取る側には驚くほど筒抜けになります。直接何かを言われなくても、

「今回は少し詰めが甘いな」「あまり考えずに回してきたな」という空気は確実に伝わってしまうものです。

仕事をしていると、「なぜ思ったように動いてくれないんだろう」「なぜこちらの意図が伝わらないんだろう」

と悩むこともあります。

でも、そこで相手の姿勢だけを問題にするのではなく、

  • 自分は必要な情報をきちんと整理して渡したか
  • 判断の根拠まで伝えたか
  • 相手が迷わず動けるところまで考え抜いたか

まずは自分の側を見直さなければいけない。今回の言葉を聞いて、真っ先にそう感じました。

発信する側、指示する側が「こんなもんだろ」で出したものに対して、受け取る側にだけ本気で向き合ってほしいと求めるのは、どう考えても筋が通りません。

勉強会も「開催すること」が目的になってはいけない

これは、今社内で続けている勉強会にもそのまま当てはまります。

勉強会を開く。講師を呼ぶ。スタッフが参加する。

それだけで何かが変わるわけではありません。「毎月勉強会をやっています」という事実だけなら、形骸化していても簡単に作れてしまいます。

大事なのは、その中身です。

  • 今回、何を確認するのか
  • なぜそこを見る必要があるのか
  • 前回から何が変わったのか
  • 日々の実務のどこにつながるのか

主催する側がそこを深く考えずに「毎月やっているからこれでいいだろう」と流してしまえば、その惰性は参加するスタッフにもそのまま伝わります。主催者が片手間で準備しているのに、参加者にだけ「もっと考えてほしい」

「成長してほしい」と求めても、響くはずがありません。

あの言葉は、企画する側の責任としても重く刺さりました。

人に変わってほしいなら、まず自分が向き合わないといけない

会社としても、これまで少しずつ仕事の領域を広げてきました。

グレーディングだけでなく、パターン作成、サンプル縫製、裁断、小ロット生産。できることが増えれば、人に任せる仕事も増え、若いスタッフに覚えてもらわなければいけないことも増えていきます。

その中で最近は、業務の仕組みづくりや自動化にも力を入れています。Google WorkspaceやGAS、AIなども使いながら、手作業を減らす、転記ミスを減らす、判断のばらつきを減らす。できるだけ属人化を排除し、誰か一人に依存しない体制を作ろうとしています。

ただ、仕組みを作っただけで会社が変わるわけではありません。

マニュアルを作ったから変わるわけでもない。

勉強会を始めたから変わるわけでもない。

AIを導入したから変わるわけでもない。

結局は、それを作る側、教える側、運用する側がどこまで本気で向き合うかです。

人に変わってほしい、もっと考えてほしい、技術を身につけてほしいと思うなら、まず自分自身がどれだけ真剣に目の前の相手や仕組みに向き合っているか。そこを避けて通ることはできません。

「深く考える」ことと「完璧を求める」ことは違う

ただ、今回の話を「何でもかんでも時間をかけて徹底的にやるべきだ」という極論にはしたくありません。

仕事には当然納期があります。時間も工数も有限です。すべてを100点にしようとこだわれば、かえって何も前に進まなくなります。

最近、業務改善や自動化の検証を重ねていて、これは本当に強く感じていることです。

もう一度確認できるかもしれない。

さらに別のテストができるかもしれない。

ルールをもっと細かく作り込めるかもしれない。

そうやって「完璧」を追い求め続ければ、いつまでたっても現場で使えるものにはなりません。

だからこそ、

  • 「こんなもんだろ」と途中で考えるのを放棄すること
  • 必要なところまで考え抜いたうえで、「ここで一度進めよう」と判断すること

この2つは明確に切り分けなければいけないと思っています。

前者はただの思考停止ですが、後者は考え抜いた末の意思決定です。似ているようで、仕事の質としてはまったく別物です。これは自分自身、これからも強く意識していきたい部分です。

「ちゃんとやっているつもり」が一番怖い

今回の出来事を通じて、最後に一番残ったのはこの自戒でした。

自分では一生懸命やっているつもり。

ちゃんと考えているつもり。

丁寧に伝えているつもり。

でも、本当にそうだろうか。

忙しいから。前回も大丈夫だったから。いつもこうやっているから。

そんな言い訳の積み重ねで、自分の中の「合格ライン」が無意識に下がっていないだろうか。

一回だけなら、大きな事故にはならないかもしれません。

けれどそれが続けば、それがその人の「仕事の基準」になってしまう。さらに続けば、それがそのまま「会社の空気」になってしまいます。

主催する側が「こんなもんだろ」で流していれば、参加者にも伝わる。

指示を出す側が「まあいいか」で妥協すれば、現場にも伝わる。

逆に、こちらが本気で向き合って考えたことも、同じように相手に伝わるはずです。

毎回100点満点を出すのは無理です。失敗もあれば、見落としもあります。

それでも、 「自分は必要なところまでちゃんと考え抜いたか」

「目の前の相手や仕事に、精一杯向き合えているか」

その問いだけは、常に自分自身に投げかけ続けなければいけないと思っています。

予定を大幅に超えて付き合っていただいた、あの2時間半。

そして、申し訳なさそうにする私に返ってきた、

「主催者が『こんなもんだろ』ってやったら、参加者はついてこない。精一杯向き合って対応するのが当たり前」

という言葉。

人に仕事を任せること、技術を伝えること、仕様書や型紙を渡すこと、社内の仕組みを作ること。そのすべてにおいて、「こんなもんだろ」で流していないか、「ちゃんとやっているつもり」になっていないか。

まずは自分自身の足元から、折に触れて問い直していきたいと思います。

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